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どうもっ!ものグラムです。

今回は先日の高知遠征、と言いながらちょうど1ヶ月が経過した(あら)「高知遠征」を進めて参りたいと思います。

2020年2月20日、高知初日メニュー終了、といよいよホテルへチェックインですが、実はまだメニューが待っている事に気づいていませんでした。2軒の実食と1スポットを訪問し、人生初、自らの意思で寛いだ「カフェ」の時間以後から。

では!ホテルチェックインで寝てもたんちゃうん?宴どないすんねん?メニューってなんやねん?見て参りましょう!宜しくお願い致します!

前回までの流れ。

2020年2月20日、早朝4時半。

起床出来るか少々の不安がありながらも、意外と遠征当日は脳内から身体へ「4時半に起床せよ」と信号が行きわたる様、普段使用しないケータイアラームセットの第一声に瞬時に反応出来る自分に驚く「ものグラム」。(笑)

その後、最大に警戒するのが「目覚めだけで起きた気になる症候群」。そのトラップを踏むと気づけば1時間、などという世界も体験済み、「あ、アカンで、気ついた時点でゲームオーバーは絶対ゆるせぬ!ぬぅ!」と、完全起床に成功した(笑)。

その後始発から神戸空港に到着、そして初の航空会社のご縁はFDA(フジドリームエアラインズ)。80人乗りの小型ジェット機にて一瞬のフライトを堪能し即別世界である四国、「高知龍馬空港」へ上陸した。

7:48、超余裕の2時間の空きが出来たものの、実際には空港内にある四国といえばの展示物、資料を拝見しテンションが上がり、さらに土産物店での物色で燃える。

その中でもあの「海洋堂」が作るご当地ガチャである「高知フィギュアみやげ」が目に留まりさらに興奮する。

実は1年3ヶ月前に秋田に遠征した際、「なまはげ」が世界文化遺産に登録されるタイミングでアタリを引いた様だった、「みちのくフィギュアみやげ」から2度目の因縁を感じるガチャに感じたものグラム。

今回も「絶対に何かあるに違いない」と、飲料自販機にて小銭に崩し、1度だけのチャンスとしてひとつのカプセルを手にし、帰るまでは開封してはならないとリュックに詰め込んだ。

そこからはベンチに座りしばらくの「休憩タイム」に突入。しかしあまりにも没頭し過ぎたのは「ラーメン店行列待ち対策用ミニゲーム」。気づけば2時間あった余裕が約10分の猶予しか無い事が判明。急いでバスの発着所に向かい、なんとか間に合う。

そうして高知駅に到着し、次に向かったのが駅から直ぐの「高知観光情報発信館 とさてらす」。無料にて「レンタサイクル」する事が出来るスポットであり、無事に「電チャリ(電動アシスト自転車)」を調達。

本来は「レンタサイクル」をする事をメニューに入れて無かったが、1軒目の実食メニューに急遽加えたのが約4km離れた場所である為だった。

その店舗とは、約5年前に「カツのラーメンは無いか?」と調べ調達した「家庭用土産麺」。それを急遽思い出し、実際にその場所に向かう。そして到着したのが「麺屋 なかひら」。店主は中平和彦氏。

「最近移転されたばかりなんですか?」

の一言から、実食終了迄の約35分間会話は続けられ、様々な情報を教えて頂き、完飲完食にて感謝の意を現し店を後にした。

が。「1,000円の価値ある一杯やったな、ん、ん?あ”っ!お金払ってない!」と気付き速攻でバック。危うく「食い逃げものグラム」になる所であった。

そこから進み2軒目の実食メニュー店舗が近づく中出会ったのは、なんと「高知城」。「高知龍馬空港」の到着ゲートを出て一番に目についたその模型から、今度は本物が目の前に。この段階ご縁ある事は間違い無いと確信しながらさらに進んだ。

そして2軒目へ到着。その名は「らぁ麺屋 鶏と魚」。1軒目実食の店舗、「麺屋 なかひら」店主。中平氏が勧めるものであり、その詳細を知れば間違い無く注目すべき店舗だと言うのが即理解出来た。

そして再び戻り来た「高知城」。日本全国でたった12しか無い「現存天守」がある極めて希少な城。普段の遠征ではスルーする確率が高いが、どうしても気になり行きたくなるのも直感。

「高知城」について理解を深めながら進む一歩一歩は想像以上にキツく、その一歩一歩が左右交互では無かった為、彼(ものグラム)の右足の筋肉が悲鳴を上げる。

しかしなんとか天守最上階に上る事が出来、勝手に「天下取ったど〜!」と子供の様に喜んだのは「ガキンチョものグラム」だった。

天守頂きに上る喜びは感じられたものの、リアル(現実)には下りが待っている。上りで負荷が掛かった右足をカバーすべく、「おいっちょ、おいっちょ!っと〜」今度は左足を軸にしようとするも利き足で無い為、ぎこちない動きでそれらを下り切る。

そしてこの日のメニューは終了と「電チャリ」を返却し高知駅に戻り気づいた時刻は14時半。まだ時間も十分にあり、ゆっくりしたい思いから人生初、自らの意思で「カフェ」に向かい、オーダー(メニュー)が理解出来ない為咄嗟に出て来たのは「カフェモカ」。

得体が知れぬその一杯に初対面しながら、なんとか身体を休ませる事が出来、いよいよチェックインに向かうのである。

「おしゃ!ちぇ、チェックインや〜!」

人生初、自らの意思で向かい最初の一杯として面と向かったのは「カフェモカ」。超変化球でオーダーしたのは「この一言でオーダー完了」だから、である(笑)。

JR高知駅構内にあった「カフェ」で寛いだ時間は約50分。「カフェモカ」と対峙しながらゆっくり一口一口を堪能したのか?と言えばそうでは無い。あの「ラーメン店行列待ち用ミニゲーム」であっという間に過ぎる時間を消費したのみ、である(笑)。その合間、

「あ、あんま〜、でも、うんま〜」

をちびちび味わい、気づけば約50分が経過していた、ただそれだけの事だった(笑)。

ホテルチェックインは15時からだったが、気づけば15時半。

「わっ!思ったよか時間食ってもたなあ、このゲーム、やっぱ時食い虫やでこれ」

感謝しているのか否か全く理解出来ない感情だが、一応感謝はしているつもりだそうだ(笑)。

ホテル予約アプリから今回ご縁があったのが此方。アプリや地図で見ても実際に来るまでは理解出来ない立地と雰囲気だが、想像以上に好立地で外観の雰囲気も良く、楽しみにチェックインに向かった。15:44。

「あ”〜じんど〜だだいば〜」

「おっ!ええかんじやんか〜」

ゆったりとしたシングルルームの印象は非常に良く、一旦横になりたい衝動に駆られた。15:50。しかしこの段階で一旦横になり寛ぐと意識が無くなり2〜3時間が余裕で過ぎるのも彼は知っていた(笑)。

「あ、アカンで、寝てもたらもう一歩も外に出らへんくなるのがわいやろ、ベッドで横なったらアカン!とりあえずイスすわろ」

それに続き、

「もう4時やろ、晩の宴セットも買いにいかんなんしやな、行きしなバスでゆうとったよな、あの橋もお目にかかっとかなあかんよなあ..........ん、っしゃあ!ちょいしんどいけどいぐでっ!」

約30分間、ホテル部屋の椅子に座り一息し、夜の「宴(晩酌セット)」の買い出しついでに向かった、と言うのが彼の本音だろう(そこまでゆわんでもええんちゃう?(ものグラムより)笑)、さらにメニューがあるのだった。

「やっぱ高知駅周辺のこの辺りは南国感がええ感じやなあ。」

そう思いながら、電チャリにて高知城から高知駅に帰る逆の道を歩き出す。目的地までは約1km。

「わ〜、めっちゃええかんじやんかあ」

目的地前に目に留まる光景。

高知の「お街」と言われる「帯屋町(おびやまち)商店街」。存在感が非常に大きいものだが、この時(20年2月20日)はコロナの影響もあり少々静かには感じられた。

高知の有名土産のひとつにサンゴがあるが、そのサンゴ店と掲げられた店舗が昭和の佇まいで鎮座されており圧巻だった。しかし「懐狭いラーメンものグラム」にとっては今回はご縁の無いものだったのが残念だった。

「おっ!ここか〜。これか〜!!これやったんか〜!」

この時17:07。とうとうあの観光スポットに到着した。それは「はりまや橋」。高知県の方には不名誉な「日本3大がっかりスポット」とも言われる地であるが、非常に趣のある光景だった。

「がっかり」と言われるのは一般論であり、この到着時のものグラムにとっては「こじんまり」した佇まいから当時を勝手に回想しその世界を感じようとイメージを膨らませるものだった。

はりまや橋(播磨屋橋)とは、江戸時代の豪商である播磨屋と櫃屋(ひつや)両者の往来の為に私設で架けられたもので、名称の由来もその播磨屋からである。

1998年、石造りの橋にリニューアルされた際に歴代のはりまや橋が「はりまや橋公園」に縮小復元され、1960年代に埋め立てられた堀川を思うが如く人工水路が設置されそれを再現している。

「そらなあ、当時からめっさ年月経っとるし、しゃーないよなあ。でもええ感じや。」

実際に写真として収めるには十分な存在感があり、この様にダイナミックにも捉えられる。しかし一般的には存在感が小さく感じられるのは正直否めない事実でもある。平成10年3月に作られ実は20年以上親しまれている。

竹林寺の僧、純信と鋳掛屋(いかけや)の娘、お馬の物語、「よさこい節」の歌で有名。「土佐の高知の はりまや橋で 坊さんかんざし 買うを見た よさこい よさこい」である。

その堀川も1960年代には製紙工場からの排水に起因する水質汚濁が顕著となりほぼ埋め立てられ、現在は「はりまや橋公園」として橋の下には人工水路が設置された。

しかし、本当のはりまや橋とは。現在も道路として活用されている此方だった。

1998年にリニューアルされた石造りの「はりまや橋」。そして。

江戸時代の木製の「はりまや橋」から石造りの現代の「はりまや橋」。その石造りを挟み逆サイドにあるのが明治から大正にかけ利用されて来た、これも「はりまや橋」。そして。

「あ、コレはちゃうか、でもかわええなあ〜(笑)」

その土地に住む高知の方にとっては当たり前かもしれないが、その「当たり前」こそ尊い事は無い、他には無い無二な「はりまや橋」を堪能させて頂いた。

一見ビジュアルからは小規模、存在感は小さくがっかりさせるかもしれないが、そこにあった物語を想うとそれらが膨らみ、ただただ「知らぬ世界をより知りたい」素直な気持ちが自身を清められた様に感じられた。

「おっさ〜、宴セット買わなあかん〜!」

と、それもゲットし戻って来るは18時過ぎ。この日のメニュー終了とは至らず、いよいよこの日最終の夜の部が待っているのであった、。

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あっれ?進まず。

はい。今回はココまでです。全く進まずです(笑)。でも、この「はりまや橋」については未知だったながら、ただ単に「しょぼい」で終わって欲しく無いと思い実際に堪能させて頂いたつもりです。

歴史とは多くの方々がその地でひとつひとつ積み上げられた功績です。そのプロセスを感じたいとも思うのが、ただ単にラーメン道だけで動いている「麺マンものグラム」ではありません。(いつのまにかしゅしかわってきたな?笑)

ラーメン旅ですので、ラーメンについてはもちろん吸収させて頂いているつもりですけど、今迄感じられなかった少々の歴史について、少しでも参考になればと動きつつある「ものグラム」、今後もご一緒頂けると嬉しく思います。

では!次回に続きます。

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