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どうも!ものグラムです。

2019年10月9日〜10日に行かせて頂きました東京遠征ですが、比較的ライトな遠征だったと思います。しかしその最後は自分でも驚きの行動力で4軒目まで来る事が出来、その後は実家に寄り帰宅するメニューとなりました。

では13発目最終、ラストです!なんか意味深?何があったん?その後って何なん?を見て参りましょう、宜しくお願い致します!

東京から凱旋リベンジの「ラーメン女子博in大坂 2部」。

東京の実食メニューを終え急いで帰る、つもりだったが、東京遠征初日1軒目のメニューにしていた「竹末東京プレミアム」に着いた瞬間、脱力したのは「ラーメン女子博in大坂」へ出店の為の臨時休業だった....(笑)。

「ラーメン女子博in大坂」の1部初日、ラーメン女子代表でありプロデューサーでもある森本聡子氏にアポを取りお会いする事が出来、その1週間後の東京遠征でもあった為、10月10日から開かれる2部で出店する予定の「竹末東京プレミアム」に訪問させて頂こうと思っていた自分の甘さ、下調べの無さに一瞬落胆した(その後はその想いを切り替えメニューをこなせました)。

東京発15:00ののぞみに乗り、新大阪駅へ。そしてそこから大坂メトロ、御堂筋線に乗り換え到着したのが18:19。

「ま、まだ時間はあるで!それにしても今日はめっちゃ盛況やなあ、いや、速攻、あ、いやいや、しっかり味わってから急いで帰るでっ!」

と、まずラーメンチケットを1枚だけ購入し向かった先はもちろん...。

【関連記事】いよいよ東京から帰宅、の筈が。「13発目、急いで帰路へ。しかし...。 その10 Column0263」は↓コチラ

ラーメン女子博in大坂 2部、「竹末東京プレミアム」の一杯を頂く。

もちろん凱旋リベンジ、この店舗以外の実食はありえない(笑)「竹末東京プレミアム」リベンジである(笑)。

この写真では混雑していない様に見えるが、このポジションに来るまでかなりの列が出来ており、しばらく待ったもののストレスを感じる程では無く期待感が膨らんだ。そしていよいよおっさんものグラムの順番が回って来、セルフで着丼。

今回限りのラーメン女子博限定メニューは「鶏ホタテそば」。ベースは鶏白湯で、国産のホタテを使用し作られたペーストが乗り、さらに鶏と鴨のチャーシューが乗った非常に豪華な一杯。ホタテペーストで海鮮の旨味を徐々にミックスして頂く独自の世界観に引き込まれる美味しさだった。

「昨日は2軒の実食やったけど今日はカバーする様に4軒かあ、意外と大丈夫で驚きやな〜、うまかった〜!」

と、実食終了は18:51。此処から実家の兵庫県明石市迄は1時間半以上掛かり、さらに我が家へも電車の接続が悪い為約1時間は掛かると見る。今回の「ラーメン女子博in大坂」、そして森本聡子氏とお会い出来た貴重な体験に感謝しながら本当の帰路へ向かった。

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実家に到着。すると予期せぬ事態が。

実家の最寄り駅である兵庫県明石市にある「明石駅」に到着したのが20:50。実家まで後100mの所で母親にTEL。

「今帰って来たから開けて〜」

びっくりした様子だったが、ちょうど到着時に玄関が開き久々の一時帰宅である。

「どないしたん?」

「はいコレ!」

「あっ!シウマイ弁当?また行って来たん?」

と超シンプルな会話である(笑)。そしてさらにシンプルに、

「んな遅いからもう帰るわ、また来るから。」

と言った所。

「入らへんの?あっ、そうそう、トンちゃんがもう危ないのよ....」

と、聞いた瞬間、

「え"っ!?そうなん?はいるわ〜」

と、慌て実家に入った。

この猫の名は「トッティ」。17年前に実家に迷い込んで来た元野良猫だったが、愛嬌のある可愛らしい猫だった。その当時2匹の飼い猫がおり、本来ならば引き取らないだろう状況の中、母親は珍しく保護しようと私に相談した。

「あんたの家で飼うたってくれない?」

と言われ、当時おんぼろの長屋(祖母の土地と建物で築年数は数十年だった)に引越したばかり。

「うん、ええよ」

と、数日一緒に過ごすも、アレルギー反応が起き、顔が痒く腫れ、肺の中にもその痒みが現れ、実家に戻したのを思い出す。

喋る様に猫語を発する愛嬌のあるトッティ。当時は若さ故に実家の家業であるテント屋(店舗の軒先きの雨よけのテントを施工する仕事)の大きなミシンの糸を食べ自らの内臓を締め付けた、九死に一生の緊急手術の経験の持ち主。

そんな「トンちゃん」も現在推定年齢は20歳と言われ、猫年齢では90歳以上と換算される程の超高齢期を迎えており、いよいよその状況が危ぶまれる状態になっていた。

布団の様にタオルを掛けられた、愛情を注がれた彼はぐったりとしており、そのタオルとめくるとかなり痩せている様に見えた。

「もう10日。食べずで水をペロペロするだけでいよいよ歩けなくなったのよ。吐血もしてるけどね、もう病院はええかなと思うし...。」

とは母。

「そうかあ。でもホンマによう頑張って生きたんちゃうん?20年って大往生ちゃうん?去年のあれからもう1年やん。最期を看取れるのはホンマに良かったんちゃう?」

と、母と私、この姿を見、寂しさと悲しみを憶える中納得しようと短い会話を交わしながら、最後、手を当て撫でながら意を込めた。

「ホンマにありがとう、おまいは家族の宝やったで。去年急にドアの隙間から消えて、猫は死に目を見せへんと失踪した時、おかんは一日中泣きながらおまいを探しとったんや。目が見えへんのに大きな国道を越えて公園にマイペースに行ったおまい、さらに運良く届けてくれて帰って来たな、どんだけ強運やねん?でも、もういよいよかあ、苦しまん様に、ゆっくり休ませて下さい神様。頼んます!」

と、本当にこのままの念を撫でながら送った時、もうこれ以上動けない、力を出せないだろう中、最後の力を振り絞り応えてくれた様に感じた出来事が。

「トンちゃん、ゴロゴロゆうてるやろ?わかる?」

身動きも出来ない中、最後の力で喜びを現している様に感じられ、実は涙が出そうになったが堪えた。

「今日はホンマに来れて(このタイミングで)良かった、ありがとう、帰るわ」

「また来て。ありがとう。」

と会話を交わし、帰宅は22時。東京の帰路スタートから7時間の全く予期せぬメニューとなった。

その後....

以上2019年10月9日〜10日の13発目の東京遠征だったがこの先の奇妙が続く。

10月12日、実家訪問から2日が経つが、実家からの連絡は無し。しかし連絡が無いという事は?とTEL。すると。

「あれから元気になってね、にゃお〜〜んって呼んで水飲みたいってペロペロしてね、元気になったら毛並みも吐血の汚れも自然と綺麗になってね、ふらふらと歩くのよ」

と続き、

「お花を買いに行こうとホントに思ったんが嘘みたいよ!」

と、昨日が最期と勝手に思った母と私、見事に裏切られたが嬉しい裏切りだった。

それからさらに2日後。

「なんか調子悪い〜、特に下半身、脚に力が入らん〜」

と職場。昼過ぎから立っていられるのもやっとの状態で、市販の解熱鎮痛剤を飲み、夕方迄はなんとか動けた。

しかしその後はさらに大きな波が押し寄せるが如く、下肢全体の痛み、ボーっとする朦朧とした感覚、額に手を当てると明らかに熱をもっているのが確認出来、たまたまあった体温計で計測。

「え”っ、まぢで?あ、でもこれ、身代わり?」

勝手ながらトッティと交わした念から、「身代わりに来た?」と思ってしまう。もちろん根拠は無く、物理的証明は何も無い。あくまで勝手ながらの解釈。

この日は通常よりも早く帰宅させて頂き、下半身のだるさと痛み、腰の痛みもありながら横になるも眠れる気配が全く無く、「暑い!顔と足が特に暑い!でもなんで汗が出えへんねん?」と、この時意識はしっかりしていた。

帰りに購入したこの写真と同じ体温計で体温を測るとなんと39.4℃にもなる高熱状態で、「トンちゃん」の事などとても思える状況では無かった。

朦朧としながらも次の日は体温は平常に戻り、穏やかな朝を感じられたが、身体がこの熱と戦った後でぐったり。この日も仕事を休ませて頂き、たまたまその次の日も休みで約2日と少し、今までに無い安静、休息を頂けた。

その後、回復し通常に戻ったかと思いきや、10月20日以降、またしても下肢、脚に疲労感を感じ、数日後には歩けない程の筋肉痛が太もも、大腿筋を襲う。

「わい、もうこのラーメン道でけへんかも。車椅子になるかも。。」

と、本気に思わせる程の痛み、そしてそれに伴う普段では感じられない不安感、お先真っ暗を感じながら、2019年14発目の遠征に向かった。

今現在、11月1日。それがどうなったかと言うと、まだ「グレーゾーン」。

10月29日〜30日、14発目は滋賀遠征だったが、その脚の痛みは遠征中ピークに至り、薬によって緩和され気持ちを大きく揺さぶられ、現在も緩やかに回復傾向ではあるものの完治には至っていない。

10月12日以来実家との連絡を取らずだったが、14発目終了後の10月30日に再びTEL。すると。

「あっ、トンちゃん?あれからね〜、離乳食をぺろっと舐めてね、水もぺろぺろしに2階へ降りて来てそれが済んだら3階へ行くのよ。食べはしないけど元気!?また連絡して。ありがとう。」

と。

「奇跡ってめっちゃごく自然に起きとんちゃうん?ってかわいの脚、なんとかして〜!」

勝手ながら身代わりになった感と、しかしそれも起こるべく自業自得だろう我が身体の症状。こんなにも辛いのかと感じながらも、あの日、「もうアカンかも」と思ったトッティ、「トンちゃん」は今も元気に1日を精一杯生きている。

生きようとひたむきな動物の強さと、心情あるが故の我が弱さを感じながら、このラーメン道をさせて頂く導きがあってこそ感じられたと思った2019年13発目、東京遠征が終了したのだった。

以上、201913発目が終了。

はい〜、なんとか今回を以って終了、ゴール出来ましたが、本来はかなりライトに挑み終了させるつもりでした。

しかし思い通りに行かないのが毎度の遠征で、その奥には導きを毎度感じさせます。ただでは終わらせんぞという計らいは人心よりもはるかに大きく遠目から、こうした方が良い、しんどいだろうけど今この辛さを味わっておいた方が良いと言ってくれている様にも感じますが、正直しんどいっす(笑)。

楽だけの先の明るきは無し、苦は一時の先の明るき。勝手ながらに解釈した今回の13発目は楽しさはもちろんありながら、寂しさ、悲しみ、そして喜びも感じさせてくれた大きなものだったかもしれません。

なんとかゴールで終了!しましたが、まだまだこんな所でこの道が終わる訳はありません。2019年もいよいよ11月ですが、15発目は?もちろん参りまっせ!と、日進月歩で歩ませて頂きたいと思う個人的ターニングポイントだったのは間違いない遠征でした。

あくまで個人の解釈で進めて参ります遠征記事ですが、ご覧下さった皆様には本当に感謝しております。全く至らずですが、今後も亀の様に着実に1歩1歩を刻み大きなブログへと進めて参りますので、応援頂けます様、今後とも宜しくお願い致します。

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