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どうもっ!ものグラムです。

今回は先日行われました史上初のインスタントラーメンイベント、「インスタントラーメン祭りin大阪」の様子をご紹介させて頂きたいと思います。

前回は前半戦(と言いながら序章笑)まで進みましたが(その気になる前半戦の模様はコチラ)、今回は前半から後半にかけて、どんな進行だったかを見て参りましょう。

どんな空気感?ライブ感?何をトークしたん?見て参りましょう!宜しくお願い致します!

自己紹介の後は「インスタントラーメンマニアの生活ってどんなの?」。

自己紹介の次はいきなりのマニアの生活に言及。(笑)

本番前、この進行パネルをオンラインで受け取った際、この次にPHOTO欄があり、「なるほど、マニアの部屋を見てもらおうってことやな?」と、速攻で写真を大和氏に送った所、「マニア代表として使いま〜す」とありました。

ですので、いきなり来場者全員とその光景を共有する事になります。マニアの部屋ってどんなの?トップバッターはワタシ、ものグラム。はい、どんっ!

はい、ドン引きだと思います(笑)。

ライブではコレについてそんなに長く話せなかったんですが、軽度の地震で綺麗にタワーに積み重ねていたものが崩壊した状態となっています(笑)。

実は7年半前にこの家に引越して来たんですが、その時に活動していたのが音楽制作。その専用部屋が出来た喜びが大きかったものの、その2年後からこの「インスタントラーメン道」を志してしまい(いやなんかい笑)、音楽制作どころか、奥にあるものを取る事さえ出来ない状態に。(以前ブログ更新中にキーボードが故障してしまい、この部屋にあるキーボードを外し取ろうとした時、ロッククライミングばりに大変だったのを思い出しました笑)

この様に、マニアとは失う物も非常に多くリスキーである事をお伝えさせて頂きたいと思います(笑)。しかしR2D2、おまいなかなかタイムリーやな(高さ約80cm近くある懸賞品、R2D2自販機型350ml缶冷温庫)。

しかし、実はその後、あの大山即席斎の宅内はさらにエゲツない事が判明。(今回写真が無い為想像にお任せ致します)キッチンはもう調理など全く出来ない状態で、ガスコンロの上には何故か。

「あ、コレ?かき氷機ですよ。あのねぇ、なにかと便利なんですよ、出汁を凍らせたりして削って冷たい麺とか」

やはり、コンロの上にかき氷機がある師の発想は尋常では無く見習う他ありませんでした(現在はちゃんとしまっているそう笑)。

そして最後は大和イチロウ。

現在Twitter上で何気に騒がれているのが「インスタントラーメン祭りin大阪」の動画。大和イチロウアカウントでアップされたものですが、そこからの静止画となります。

この写真が大和イチロウのマニアの部屋。ところが。

「ず、ずるいぞ〜!」

との声が。

そうなんです。

明かしてしまいましょう(笑)、この場所は最初にやかん亭を立ち上げた、現在は旧店舗となる場所で、通称「やかん亭はなれ」と呼ばれているスペース。本当に狭い場所ですが、当時は袋麺の調理もし代表自らが提供していた場所でもある、大和イチロウにとっても愛着のある手放せないスペース。

個人的には2度程実際に行きましたが、それが2016年で、3年の時が経つのに驚きました(笑)。

では、ここでその当時撮った写真を。

アップしすぎやろ、とは自らのツッコミ(笑)。もう一枚。

ひ、引きすぎやろ!とも自分自身(笑)。

ラーメン全く関係ないやん!とは最後(笑)。

ですが、大和イチロウは昭和レトロマニアでもあり、コレらは全て自己コレクションなのには驚かれると思います。今回のイベントでは全く触れられていない部分ではありますが、個人的に小さい時に遊んでいたメダルゲームのこれらに興奮冷めやらぬ蘇った光景でした。本気でヤバいマニア具合でした。

次は「懐かしのラーメン史を振り返ってみよう」のコーナー。

実はこのコーナーが一番尺として長くなりましたが、このイベントにとっては大事な部分でもありました。

その内容はパネルとして入手出来ませんでしたので(ちょうだいとも言って無く間に合いませんでした笑)、まず写真を。

1958年にチキンラーメンが誕生し、そこから2011年のマルちゃん「正麺」発売の「マルちゃんショック」まで、約半世紀の歴史からピックアップされた年表が出され、それらについては大山即席斎が詳細を伝える時間帯となりました。

大和&即席斎のタッグの凄さに驚きながら、右側若手2名(若干1名おっさんですけど笑)は一観客的にマイクを持ちながらほぼ沈黙(笑)。

「逆に振られてもなんもいえね〜」

と、少々、いや、かなりビビっていたのはワタシでした(笑)。しかし、会場側からは、「もっと振って下さい」と大和進行役に指示が来ていた、のはここで明かします(笑)。(いやぁ、ホンマ振られてもこのコーナーは語れないっすよ笑)

その中で、1958年のチキンラーメン誕生について大山即席斎のコメント。

「実は1958年はあのマイケルジャクソン、マドンナの誕生した年なんですよ。そんな凄い年代(その1年後にね、ワタシも生まれたんですけどね)」

と、実は大山即席斎は還暦を迎えたおじい、もとい凄いオジサン。(すません笑)

インスタントラーメン史も半世紀を超え、それらを語る事が出来るのはやはり彼以外にはいない、その次に大和イチロウ、右2名は次世代を語らなければいけない、時間の経過と共に後半へのプレッシャーがより高まったのはココだけのハナシです(おいtaka :aよ、緊張せんかったんか?わいは結構ヤバかったんやで笑)。

この「懐かしのラーメン史を振り返ってみよう」の間、実際にその当時のCMも流されました。

その中から、高級インスタントラーメン戦争勃発として、2品が↑でしたが、ハウスの楊夫人(マダムヤン)、明星の中華三昧が取り上げられました。

そして懐かしのカップヌードルCMからは斉藤由貴。後は海外の少女が主人公のCM。斎藤由貴については、このCMから逆にブレイクしたと即席斎からコメントがあり、正直個人的にこの頃の記憶はあまりありませんでしたが(笑)、あっ!と思われた方もいらっしゃった、この記事をご覧になり共感を憶えるでしょう。

さらにはバブル期。この頃になると今でも個人的に記憶があるんですが、当時はごく普通に感じ、今となっては「ま、マヂで?」と思わせるやはりバブリー。即席麺、カップヌードルのCMにあのジェームスブラウン(左)、クイーンのフレディマーキュリーが起用されていたのもピックアップされました。「ミソッパ!」は永久保存版です。

基本的にミソとカニを合わせた歌詞ですが、コレがジェームスブラウンが見事に調理したファンク(FUNKY)こそが味だと勝手に感じました。同感して頂ける方もいらっしゃるかと思いますが、これ程にコストをかけながらも、実は爆発的に売れたか?と言うとそうでもなかったらしい、それもバブル期だなあと思う次第です。

著作等ではグレーかもしれませんが、どうしてもご覧頂きたいと思う「わし買うもん」のフレディーマーキュリー他。(少々?かなり?グレーですが、懐かしく思われる方が多いでしょう。その想いで掲載させて頂いています(ダメな様でしたら即消去致しますので何卒宜しくお願い致します)

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ココで小休憩。

あれ?またもや全く進んでませんが、ココまで(笑)。

でも、今回はやはりインスタントラーメン史の尺の長さがわかる、語り切れない程の部分がありながら2大御所はコレでも控えめだったのでは無いか?と推測されます(だってワタシですら語りたくなったもん笑)。

一旦小休憩を挟み、実は「話し振れずごめん、後半はどんどん振るから」の大和イチロウの一言のプレッシャー(笑)。

いよいよ後半から最後は次回。お楽しみにお願い致します〜。

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